ぜんぶ話すのも考えるのも、伝えるのももう面倒だなと。思ってること全部言って、とか話してって言われたから、そういうのやってこなかったのが苦手だったのが、やっと出来るようになって、本人に伝えられるようになったのに、そんなことは言わなくていい、べつに言わなくていいよねって。

生きているだけでもしんどいに、"普通"に生活しているだけでもだめなんだろうか。

趣味程度の息抜き程度に絵を描いたりギター弾けるようになって、楽しいから、楽しい、バンドとか組んだら面白そうって、言ってはいけないのだろうか。

なぜそれがイコール実現、夢みたいに捉えられてるのだろうか。

自分の身体がうまく動かないからという理由でわたしに、なんで身体自由に動くのにやらないのか、やりたいと言って何もしてないの見てるとうんざりする。と言われなければいけないのか。これは君がよく言う話が飛躍している、ということではないのか。

動かない身体に、勝手にわたしに生活を楽しくさせようとしている、押し付けているというか勝手に期待してうんざりされてるというか。こちらがうんざりしてしまうよ。

何も、やりたいと、やる、は違う。し、東京からこっちに引っ越してきて差が激しいのを感じて、何も無い 面白い所ないかなって呟いたのを、じゃあなんで自分がやらないの?、他人と自分は関係ないよねって言われて、ものすごーーーくはてなマークです。

話がずれてる。面白い人間いたら、そこに行ってみたいし関わりたいから言ってるだけで、他人と自分は関係ない  楽しいことないから、自分がバンド組んでギターやれ絵で個展とかなにかやれって言われるのは違うとおもう。言ってることはわかるけれど、そこに繋がるのか、という。